難病看護師の覚え書

難病看護を考える現役看護師兼大学教員の備忘録です。看護学修士。 主に指定難病の看護や関連する論文、研究について覚えておきたいことを書いていきます。 看護学生や実際の看護で少しでも役に立つことがあると嬉しいです。

6/21 今日は世界ALS/MNDデーです

お久しぶりです。

 

6月21日の今日は「世界ALS/MNDデー」です。

 

alsjapan.org

 

ALSとは、筋萎縮性側索硬化症 (Amyotrophic Lateral Sclerosis) の略です。

また、MNDは運動ニューロン疾患 (Motor Neuron Disease) のことで、イギリスなどではALSのことをMNDと呼ぶことがあります (厳密に言うと少し違うのですが)。

 

ALSは、運動ニューロン (神経細胞) の障害により、全身の筋力低下をきたす病気です。日本では、年間2名前後 / 10万人当たりが発症しているとされています。

喫煙が発症に関わっているのではないかとの報告もありますが、はっきりとした原因はまだよくわかっていません。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 

宇宙物理学者であるスティーヴン・ホーキング博士が、この病気を患っていたことで有名かと思います。ホーキング博士の半生は映画にもなっているので、興味のある方はぜひ。

eiga.com

 

この世界ALS/MNDデーは、イギリスのInternational Alliance of ALS/MND Associationsという団体が制定しました。6月21日は夏至という日照時間が移り変わる「ターニングポイント」となる日であり、この日が治療や原因究明の研究にとっても「ターニングポイント」となることを願って制定されたそうです。

 

www.alsmndalliance.org

 

看護師のできることは、その方の生活や治療を支えることだけです。

一日でも早く、ALSの治療法が開発されることを願います。

 

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数年前に参加した international symposium on ALS/MND@Scotlandの会場の様子。International Alliance of ALS/MND Associationsが協賛しています。

 

 

その要介護認定、ホントに必要!?

 今回は少し難病からはズレますが、保険制度のお話です。

 

 病棟での退院支援などでは、よく「この患者さん、要介護認定を勧めておこうか」という話が出ます。

たしかに介護保険を申請すれば、様々な介護サービスが受けやすくなります。

 

ただ、一部ではありますが「介護保険を申請したことで不便になる」というケースがあります。

 

それは「医療費助成を受けられる対象」かつ「介護サービスは必要でないけど、医療的なサポートのために訪問看護が必要」というケースです。

 

本当なら医療費助成が受けられたのに……

訪問看護とは、看護師が利用者の自宅等に訪問し、看護を提供する仕組みです。

訪問看護を利用する場合、医療保健もしくは介護保険の適応となります。

この際、「要介護認定を受けている場合は介護保険を優先」という決まりがあります (ただし、利用者の疾患や状態により例外はあります)。

 

ところで、日本には介護保険とは別に、身体障害者手帳を持つ方を対象とした医療費助成の制度があります。

医療保険を利用した訪問看護も、助成の対象となります。

 

www.mhlw.go.jp


 例えば、ペースメーカーを植込んだ方、聴覚や視覚障害がある方などが身体障害者手帳の交付対象になります。

 

身体障害者手帳を持つ方の中でも、介護サービスを必要としない方は存在します。しかし、そんな方でも (市町村にもよりますが) 認知機能の低下や身体障害の程度によっては要介護認定を受けると通ってしまう場合があります。

その方に医療的なサポート (例えば心不全管理など) が必要となり、訪問看護を利用する場合、介護保険で利用することになります。

つまり、「訪問看護を利用する際の医療費助成が受けられない」ということになります。

 

適切なタイミングで要介護認定を

「とりあえず要介護認定を受けておく」という手が上手くいくことも少なくありません。ちなみに、指定難病の場合は、たとえ介護保険での訪問看護でも助成を受けられますので、要介護認定を受けておくのは手かもしれません。

 

しかし、身体障害者手帳を持つ方のように、中には要介護認定を受けたことで、受けられるはずだった医療費助成を受けられなくなるパターンもあることを知っていただきたいです。

また、介護保険の適応は「申請日」からですので、書類を提出した日にちまで遡って適応されます。いますぐ介護サービスが必要でないなら、必要になってきた時に申請するというのでも間に合うことが多いと思います。

 

ぜひ、要介護認定を勧める前に「今、本当に必要なのか」を考えていただけるとと思います。

 

 

パーキンソン病を匂いで診断!?病気の匂いに気付いた女性の話

パーキンソン病の匂いに気付いた女性

 

数年前、BBC Scotland newsでこんなニュースが取り上げられました。

 

www.bbc.com

 

The woman who can smell Parkinson's disease (パーキンソン病を嗅ぎ分けられる女性)」と題されたこのニュースで紹介されたのは、Perth (Scotlandの都市) に住むJoy Milneという女性です。

彼女の夫は、45歳の時にパーキンソン病と診断されました。しかし、彼女は診断される6年前から”ある異変に気が付いていたそうです。

 

 

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数年前学会で行ったスコットランドの街並み

 

She says: "His smell changed and it seemed difficult to describe. It wasn't all of a sudden. It was very subtle - a musky smell.

 

 彼女は、夫からなんとも言い難い、ムスクのような匂いがするようになったと話しています。

 その後、夫はパーキンソン病と診断されましたが、それが「パーキンソン病の匂い」だと気づいたのはParkinson's UK (日本でいう患者会のような団体) のチャリティーに参加した際でした。

そこで会った、他のパーキンソン病患者からも同じ匂いがしたのです。

 

驚きの的中率!

 パーキンソン病の匂いを嗅ぎ分けるその女性に興味を持ったEdinburgh Universityの研究者は、彼女の能力をテストすることにしました。

 

6名の健常者と、6名のパーキンソン病患者の使用したTシャツを用意し、彼女に匂いで誰がパーキンソン病患者か言い当てるテストをしました。

この際、彼女にはいくつパーキンソン病患者のTシャツが入っているか伝えられていません。

 

その結果、彼女は7つのTシャツをパーキンソン病患者のものだと言いました。

そのうち6名は正解、1名は健常者のものでした。つまり、正答率は11/12という結果でした。

 

しかし、その8か月後、彼女が「パーキンソン病患者」と言ったTシャツの持ち主が、パーキンソン病と診断されたのです。

結果として、彼女は全問正解しており、診断される前パーキンソン病患者さえ言い当てたのでした。

 

現在「パーキンソン病の匂いの正体」を突き止めるため、さらなる研究が行われているようです。

 

www.bbc.com

 

 彼女は発症前のパーキンソン病患者の匂いさえも言い当てました。

実は、パーキンソン病の診断は「この所見 (症状やデータ) があるから診断!」というものはありません。

一般的には、特徴的な運動症状 (パーキンソニズム) があり、原因となる脳疾患や薬剤がない場合に、抗パーキンソン病薬が効けば診断、という流れになります。

 

 

もしその匂いの正体がわかり、計測できるのであれば、発症前のパーキンソン病患者であっても簡単に診断することができるかもしれません。

 

今後の研究結果に期待ですね。

 

 

 

5月23日は「難病の日」です。

5月23日の今日は「難病の日」です。

 

2014年のこの日に、難病の患者に対する医療等に関する法律、いわゆる「難病法」が制定されたことから、日本難病・疾病団体協議会が定めました。

 

この「難病法」の制定により、難病患者に対する法に基づいた医療費助成がされるようになったのです。

 

難病の日」については、日本難病・疾病団体協議会のホームページに詳しく載っています。

nanbyo.jp

 

難病の患者や家族の思いを多くの人に知ってもらう機会とすることを目的に制定されたそうです。

 

アイスバケツチャレンジで話題になった「筋萎縮性側索硬化症 (ALS)」 や1リットルの涙で題材となった「脊髄小脳変性症」など (ちょっと古い?)、名前を聞いたことがある方もいるかもしれません。

 

しかし、難病 (指定難病) はそもそも患者数が少ない疾患であり、医療者の中でもあまり知名度は高くないと感じます。

 

今指定難病は333疾患 (令和元年7月~) あり、全国に90万人以上の難病患者が存在しています。

 

指定難病については、下記記事をご参照ください。 

 

nambyons.hateblo.jp

 

これを機に、難病について少しでも興味を持つ方が増えればいいなと願っています。

パーキンソン病と認知症のお話

パーキンソン病ってどんな病気?

パーキンソン病は、中脳の黒質にあるドパミン神経細胞の変性によって起こる進行性の病気です。厚生労働大臣の定める「指定難病」のひとつです。

特徴となる症状としては、

1. 安静時振戦

2. 筋強剛 (筋固縮)

3. 無動・寡動

4. 姿勢反射障害

 といった、いわゆるパーキンソン病の4大症状とよばれる運動症状がみられます。ほかにも表情が乏しくなる仮面様顔貌や小声、小字症などもよくみられます。

 パーキンソン病の症状は、ドパミン神経細胞の減少によるドパミンの不足により生じます。ですので、メインとなる治療としては、L-dopaやドパミンアゴニストと呼ばれるような内服薬により、不足したドパミンを補完したり、ドパミンの作用を強めたりして症状の改善を目指します (ただし、対症療法であり根治治療ではありません)。

他にも、電極を脳に埋め込み神経細胞を刺激する手術 (DBS: Deep Brain Stimulation) や、最近では腸瘻から薬剤を持続投与する方法 (デュオドーパ、LCIG療法) も取られています。

令和元年時点で、日本では13万人以上の患者が存在します。高齢化の影響もあり、患者数は年々増加しています。

令和元年度衛生行政報告例 (令和元年度末現在):

https://www.nanbyou.or.jp/wp-content/uploads/2021/03/koufu20201.pdf

 

 パーキンソン病の非運動症状

 パーキンソン病では、上記に挙げた運動症状以外にも、さまざまな症状がみられます。

パーキンソン病に特徴的なものとして、意欲低下 (アパシー)、幻視、幻覚、妄想などがあります。

 

イタリアのBaroneらによる、1,072名のパーキンソン病患者に対するインタビュー調査によると、実に98.6%の患者が非運動症状を抱えていたそうです。

特に多かった症状は、倦怠感 (58.1%)、不安 (55.8%)、下肢の痛み (37.9%)、不眠 (36.9%) などでした。

パーキンソン病で特徴的なアパシーは30.6%ほど、幻覚は3.6%の患者さんでみられたそうです。3.6%は少ないように思いますが、本人へのインタビューなので、幻覚を幻覚だと認識していない場合もあるかもしれません。非運動症状を大きく分けると、精神症状がもっとも大きを占めていました。

特に認知症のあるパーキンソン病患者では、非運動症状が多くみられました。また、非運動症状は患者のQoLにも影響したことも報告されています。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 一方で、アメリカのAngelaらによる報告を見てみると、認知症のないパーキンソン病患者であっても、21.5%に精神症状が見られたと報告されています。また、精神症状にうちもっとも多かったのが「幻視」だったようです。

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

パーキンソン病認知症

 本題の、パーキンソン病認知症についてのお話です。

 オーストラリアのHelyらが行った、診断後の20年間パーキンソン病患者をフォローアップした調査があります。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

この調査では、20年間生存したパーキンソン病患者36名のうち、10年で4割以上、20年で8割以上が認知症を発症していました (下記表、Figure. 3より引用)。

 

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罹患期間 (横軸) と認知症 (Dementia) と幻覚 (hallucinations) がない患者数の比率 (縦軸) の推移

 パーキンソン病発症の多くは50歳代以上なので、認知症発症は不思議ではありません。しかし、同時に幻覚症状も認めているあたり、パーキンソン病特有のものと思われます。

実際に、認知症を持つパーキンソン病患者のことを「PDD:Parkinson disease with dementia (認知症を伴うパーキンソン病)」と呼ぶこともあります。

パーキンソン病患者にとって、認知症は切っても切れない関係です。

 

 

ちなみに、PDDと似た病気に、3大認知症のひとつである「レビー小体型認知症」があります。

 レビー小体型認知症の患者でも、パーキンソン病でみられる振戦や筋強剛 (パーキンソニズムと呼ばれます) がみられることがあります。また、認知症症状もPDDの方と酷似しており、病理学的にも、同様の病期だと考えられています (ただし、実際の症状には若干の違いがあるとの報告もあります)。

 

 臨床研究などで区別する必要がある場合には、

PDD:運動の症状がみられてから一年以上経ってから認知症症状が見られた場合

レビー小体型認知症認知症症状が先にみられた、あるいは運動症状出現から一年以内に認知症症状がみられた場合

 とされます。

レビー小体型認知症については、またの機会に……

 

 

難病って何?難しい病気?

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こんにちは、ナンカンです。

私は、看護師をする傍ら、看護系の大学で非常勤講師もしています。

難病看護を専門としていることもあり、難病看護についてのアレコレを、8割自己満でまとめていきたいと思います。

 

そもそも難病って何?

皆さんは「難病」と聞くと、どんな病気を思い浮かぶでしょうか?

 

「難しい病気?」

「不治の病?」

 「よくわかってない病気?」

 

どれも正解だと思います。例えば癌や認知症も、広い意味では「難病」に含まれます。

ただ、日本では国 (厚生労働省) から指定された「難病」というものが存在します。

それを「指定難病」と言います。

 

指定難病を罹患した方は、 医療費助成など様々な支援を受けることができます。

この指定難病にはどのような疾患が指定されているかというと

1. 発病の機構が明らかでない

2. 治療法が確立していない

3. 希少な疾患である

4. 長期の療養を要する

5. 患者数が日本において一定の数 (人口の0.1%) に満たない

6. 客観的な診断基準が確立している

といった条件を満たしている必要があります。

代表的な物だと、アイスバケツチャレンジや、最近では嘱託殺人事件で話題になっている「筋萎縮性側索硬化症(ALS) 」や、安倍元首相が持っていることで有名になった「潰瘍性大腸炎」などがあります。

 

難病の歴史

 日本における難病対策は、昭和30年代ごろから見られた「スモン」という病気が始まりです。

スモンでは、腹痛や下痢といった腹部症状に加え、下肢のしびれや麻痺などを認め、中には視力障害が生じた方もいました。そのような病気が突然現れたため、厚生省 (当時) は国を挙げて研究を行いました。その結果、キノホルムという整腸剤による薬害だったことがわかりました。しかし、当時は原因不明だったこともあり、感染症説が流れ、患者への差別などもあったようです。

原因が判明したことで、キノホルムの販売が中止され、スモン患者は減っていきました。

この経験から、いわゆる難病への支援制度と研究体制の整備を推し進める動きが生まれ、昭和47年に「難病対策要綱」が策定されました。これが、日本の難病対策の始まりとなりました。

 

 難病看護とは

難病対策要綱が策定後も、徐々に法整備が進み、令和元年7月以降333疾患が指定難病とされています。

治療法がない「難病」と診断された方は、身体的な負担や精神的ショックを抱えることが多いです。「これから自分がどうなってしまうのか」「何をしていったらいいのか」「治る方法はないのか」など、様々な悩みが出てきます。また、難病の多くがなんらかの介護を必要とすることもあり、診断を受けた方のご家族も大きな不安や負担が生じるでしょう。

また、難病患者は特殊な治療や薬剤を使用することも多く、医療面でのサポートも必要となります。

そういった難病患者やその家族を支えていくのが、「難病看護」の役割だと思います。

 

・参考資料
「難病情報センター」: 

難病情報センター – Japan Intractable Diseases Information Center